2010/07/23

蝉しぐれ

 さきほどTwitterで東京荻窪の教会通りという商店街の和菓子屋の田貝さんが「こんなに暑いのに蝉が鳴かない、まだ夏じゃないのか?」とつぶやいていました。ちょうど昨日熊本の自宅にてふっと感じたことでしたのですぐに反応しました。・・・ここからは冗談ではなくて本当の話ですが・・これを書きはじめたらまさに今、そう、Now&Hereです、蝉が鳴き始めました。通じたかな?本当に賑やかになってきました!!??。たまたま米子の皆生温泉の女将さんが息子さんたちとカブトやクワガタとりに興じているというつぶやきもあったので皆生はどうか?聞いてみましたがお忙しいのでしょう、まだ返事はありませんがTwitterの同時性、ライブ感覚はこんなところにも活かせるとおもいます。


 今回は蝉でしたが日常ではいろんな側面で気になることやちょっと別の場所ではどうなんだろう?と感じることっていっぱいありますよね。わたしがTwitterのメディアとしての可能性を感じる大きな部分です。電話ならたいそうな話になりますし、メールなら時間差がありすぎる(Twitterでも同時進行しないと同じことですが)。しかもこういう疑問は感じる人とそうでない人がいるのでTwitterのライブ感覚が大事です。荻窪では和菓子職人さんがふっと感じ、熊本でわたしが感じ、皆生ではたまたま子どもとクワガタを追いかけてるお母さんがいらっしゃったらこれはぱっぱっぱとつながると一気に日本列島の現実が見えるかも知れません。


 と、いうようなことをずっとテレビの使い方で考えてきたのですが機動力という点でTwitterが今のところ適しています。ところでFacebookというのがちょくちょく誰彼からお誘いが来ますがあれはどうなんでしょう?いまいちピンと来ませんね。





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2010/07/17

一人歩き

 4日前から関西、主に京都を歩いています。時は祇園祭りのど真中で凄い人だかりです。その中をリュックを担いで歩いていますが八坂の塔がたまたま開門されていました。八坂の塔の真ん前に高麗ギャラリーカフェというお店があります。高句麗のご子孫にあたられる高麗恵子さん主宰の店です。黒いダイヤと名付けられた魂覚醒ぜんざいや現地の人々によって手摘みされているエチオピアコーヒーで創られたソフトクリームや珍しいアレンジCafeなどここにしかないオリジナルなメニューがいっぱいあります。アーティストの いだき しん氏が厨房に入って創られています。その勝手口?から出るとすぐ八坂の塔の真ん前に出ます。


 八坂の塔は法観寺というお寺の五重の塔で592年に聖徳太子が如意輪観音の夢のお告げによって建立したといわれている臨済宗のお寺です。いつもは閉まっていますが今日は祇園祭りもあってか開いていました。塔の中まで入れたのでゆっくりと拝観しました。大地から五重の塔の頂上まで貫かれた木の柱も見えるようになっていました。「心柱」と書いてありました。なるほど心の柱、中心です。


 小さな境内ですがさわやかな風が吹き心地よく随分と長居しました。落ち着く場というのはふっと見つかるもので、探していてもなかなか決まりません。今日は時間もあったので気ままに歩いていましたが一人で気ままに歩いているとなるほどという場所によく出くわします。一人で歩くことは発見の連続です。身体が自然と向かう方向は何か頭では予期できぬ直観的なひらめきの宝庫です。未来感覚です。古都京都にて未来を感じる数日間です。


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2010/07/15

Twitter

 Twitterを使いはじめて半年ぐらい立ちました。大臣がつぶやいている、意外な人の日常が見える、など当初はそれがどうした?とおもいつつ自分が使うとは考えなかったです。ところがある講演会で知らないとついていけないほどTwitter達人が勢揃いしたので必要に迫られて入っていきました。その時はまだまだ??があって面白みは見いだせなかったのですが自分なりに色々と実験しているうちにこの道具は使い方次第でとても役立つものとわかってきました。


 最近ではわたしがいろんな方に推薦したり教えてあげたりする身になってしまいました。そこで結論、道具は使い方次第、「○○とハサミは使いよう」とは古くからの諺です。○○についてはよき例ではありませんがハサミはまさに使いよう。人は予定調和でない世界、出来事が好きでわずか140文字で次々といろんな人から生まれでる新しいニュースや情報、気持ちの表現、発想、アイデア、そしてつぶやきが好奇心をくすぐるのだと感じます。テレビもライブがおもしろいし、スポーツの人気は一寸先がどうなるかわからない即興の連続にあるとおもいます。


 本来生きることは即興ですから人間がシナリオの無い人生に魅力を感じるのは当たり前なわけです。こと実人生に関しては腰がひける方もtwitterでは疑似人生を楽しんでいるのかも知れません。しかしシナリオの無い実人生でのダイナミズムほど面白いことはないとわたしはずっと感じています。

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2010/07/06

 「花を愛でて純に暮らす」10数年前に特注の陶器の瓶入り焼酎を頼んだ時に書いた言葉です。花は長女、二女が純。名前が先か、文章が先か?といえばやはり名前。二人が生まれてきてから今まで二人の名前にいつも「初心忘るべからず」ができているかどうかを問われるのでやはりいい名前だなと感じます。


 「花」を愛でる豊かな心を持ち続けているか?周囲がどうとか、誰がどうだとか言って他者の責任に逃れて「純」に生きることをあきらめてないか?と二人の娘の名前を呼ぶたびに我が身を照らすようなものです。幸い二人とも豊かな感受性で生きていますが世の中はなかなかこの二人にはしんどいところです。


 最近月刊文芸春秋で井上ひさしさんの絶筆ノートを読みました。最後まで「純」に生き続けた人でした。がんと薬に壊されとんでもない身体になっていっても花を愛でる美しい心と笑いを忘れない方のようでした。数年前、行動作家の代表的存在だった小田実さんが亡くなる直前に「次代の子供たちに申し訳ない」と涙を流して語っているのをNHKで見ました。こんな世の中のまま子供たちに手渡すことへの責任感が純粋な心から語られていることが表情からダイレクトに伝わってきました。


 小田さんと言えば大男で非常に逞しい精神をお持ちの方と著書を読んでても映像で拝見しても感じていましたが、ちょっと猫背で大きな背中には大きな悲しみが宿っていたのでしょう。井上さんも小田さんも粘り強く逞しく柔軟な男の闘いを体現されてきた方と感じます。小田さんの最期は詳しく知りませんが井上さんの最期は本当に壮絶な、まさに死闘だったのではないかと奥様の手記で感じました。



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2010/06/29

 会社を興してから11年目になりますが今起業時の理念、事業目的を見直してずっとこの方向で来たなあと次を構想しています。企業理念は「ひと、光る。國創り」、一人一人が内面豊かに輝いて生きる環境創りをするために何をするかが課題でした。「國」は国家ではなく「地域」と捉えています。町内会から都道府県、日本という「国」など伸び縮みする「地域」の総称です。


 事業目的に関しては八百万人紀行 http://www.yaoyorozu-hito.jp/ のトップ特集で書いていますので見ていただきたいのですが、今の仕事は確実に事業目的の具体化に繋がってきています。起業する時に一番時間をかけたのは「理念」と「目的」でした。これさえ決まればずっといけると感じていたのでテレビ局を退職してじっくりと時間をかけて考えていました。当時、しばらくは任意団体でやっていたのは資金面のことはありましたが、会社を興すとなるとスタートしたら途中ではやめれないとの感じがあったのでしばらくは任意団体のまま、ある種の実験をしていました。


 実験とはいっても常に実戦ですから即明日の我が身に跳ね返ってくることを前提にやりながら考えました。このやり方は14年一貫してきました。何事を成すにも中心に立つのは精神です。精神がすくっと立っていないと物事はぶれます。精神が立たないと生き方がぶれるので要です。いよいよ播いた種から花が咲いてきました。この花々を自由に美しく咲いてもらえるようにさらに水をやり続けていくことがこれからの仕事です。




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2010/06/23

人間激変

世の中が激変していることをずっと感じる日々です。朝日新聞がメディア激変というシリーズを長期的に連載されていますがメディアだけではなく人の状況が激変しています。その中でこれまでお付き合いしてきた方々の状況を知るにつれある法則性が存在することを感じます。

仕事にしろ、生活にしろ今厳しい中、意外とマイペースでやっておられる人達は時には一緒に仕事をしたり、あるときはボランティア活動をし、遠く離れていても会えば昨日まで一緒にいたように話が弾む人達ですが共通するのは心を大切にしてきた人です。いくら稼げる仕事があっても人間として許せないことには手を付けず、権威や権力志向の人にもなびかず黙々と自分がやるべき道を歩かれてきた人が多いのです。

ずっと以前からこういう方々が不幸になるのはおかしいと感じて今の仕事を起業し動いてきたのですがわたしがどうのこうのではなく、自然と人間の世界がそうなってきているということです。むしろわたしはそういう方々の助けを得て何とか今日までやってこられました。感謝しています。

人材養成や地域を支援することを主な仕事にしてきましたがそのわたしを支援してくれていた人々が多くいてその皆さんがこの厳しい状況の中で元気です。うれしいことです。益々時代は激変状況が続きます。ここをきちっと乗り切る上で必要なのはひとつです。心。




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2010/06/12

七人の侍

    ひょんな新聞記事から18年前にテレビ局でやっていた地域興し番組のことを振り返っていた。発想は黒澤明監督の「七人の侍」を十数回目に見た時に閃いたものでした。長い長い映画でしたが何度も何度もよく見ました。それほどあの映画には様々な角度から深い精神と豊かな文化、人間性の表現、村落共同体の在り方、百姓と武士、そしてその中間者(百姓なのに武士になりたかった境界人:三船敏郎さんの演技は見事)の葛藤、百姓の娘と若侍の恋に見える二つの階層のカルチャーショック・・・、百姓と武士がいざ敵に向かう時に生まれるある種のナショナリズムの発生プロセス等等、言いはじめたら終われないほど詰まりに詰まっている複合的な社会学的民俗学的映画というか収まりきれない豊かな映画です。


 わたしはそこに地域活性化のヒントを見いだしました。まさか黒澤さんもそんな風に見る男がいるとは予想もしなかったでしょうが、ビール片手に十数回目に見ていた深夜、「なるほど!」と閃きました。この話は講演会やブログ等でも何度かお話しさせていただいていますが「日本の原型」「日本の源」をこの民俗学的?!映画はあるがまま目の前に差し出してくれていました。と、書きつつ久しぶりにもう一度今見てみたい、と感じます。


 もしかしたらこの時代ですからTUTAYA?に行かなくてもYoutubeにあるのかも知れませんが、やはり映画はできるだけ大画面でみないと監督の意図の伝わり方が全然違います。映画館で見るべきです。東京ならどこかでやってないだろうか?!。ことほど左様に、という具合にわたしは考え、動き、歩き、実践してきました。まさに「七人の侍」の生き方そのものを学んだのです。あのリーダー勘兵衛の何と渋くどっしりとしてやさしく爽やかであろうか。人間の重み、存在を身体ごとガツンと感じる映画です。


 地域興しにどう繋がっていったかはこちらで。つづきもまた書きますが・・。
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