2011/03/14

一人の人間として

 Twitterを見ていると東北のこの事態であの小沢一郎さんはどうしているのか?という疑問の声がいくつか上がって来ています。RTも増えています。そういえば・・、と考えてもおかしくはない状況は確かにあると思いますがわたしの推測では次の動きに向けて着々と準備を進めておられるのではないかと感じます。


 一般的な常識的な判断はこういう時には邪魔です。本当にこの事態を真剣に捉えてどうするかを考えている一部の方々は時流に乗らず常識に囚われずに本当に有効な次の動きを熟慮し黙考しておられると感じます。何故なら人の評価は関係なく結果的に一人でも多くの方がいい状態で生きられる環境になっていけばいいだけなので、決してマスコミ等に迎合することはないからです。


 むしろ批判を承知で次の動きを着々とうっておられるはずです。小沢さんに限らずそういう人が数多おられるから計画停電や原発の危機も乗り超えられる日本なのでしょう。わたしもそういう一人でありたいと考えています。





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2011/03/10

意志

 物事のわかり方について。内発的に湧き出ることから行為していくうちに次々と現実にぶつかる。ぶつかってもぶつかってもはじまりが内発的だから納得いくまでやり続ける。やりはじめた時は求めているそれが「何か」は明確にはわからない。想像はできるある「何か」。
 
 わからないから行為する。想像力という明かりをもとに彫刻家が石の固まりに鑿(ノミ)をあて削りとっていくように行為が続く。真という鑿でしか彫刻は彫り進められない。創造力の源泉。

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2011/02/23

住む

 瞬時に世界中の人々とつながる可能性が一気に増大したインターネット。数年前とは全然状況が違います。この新しい道具をどう使うか?ずっと模索してきたことです。が、一見華やかに民衆革命の道具のように喧伝されていますがまさに今は使う者自身が即、問われます。そのネット空間に投げた「あるもの」は、あっという間にブーメランのように我が身に戻ってくるのです。


 操作が簡単になった分、テレビ以上に余計に使い方が難しくなったとも見えます。このネット空間に何を載せて一人一人に何を伝えていくのか?今は全然関係ないようにおもわれるかも知れませんが東峰村でその「何か」の答えのひとつを出していくために昨年8月から住んでいます。


 今や村は世界です。



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2011/01/25

あきらめ

 昨年末に龍馬のことを書いていました。たまたまこの数日龍馬の名言「世の人は我を何とも言わば言え、我成すことは我のみぞ知る」が頭の中を巡らしていました。


 これはある種の開き直りでしょうがきっともっとすすんである種の「あきらめ」でしょう。ただ「あきらめ」は自分自身が何かをあきらめるということではなく周囲に理解されるなぞということをあきらめたことだと感じます。あきらめとは「芽が出ること」という目から鱗のお話をある方から伺ったとき「成る程!」とピンときたことがありました。あきらめから芽が出て何かが始まる。という意味でした。


 あきらめない時やあきらめきれない時は思い込みが強いということがあります。その思い込みが目を塞ぐのでしょう。しかしあきらめた時、やがて靄(もや)が晴れてくっきりと真の姿が現れます。龍馬の名言にあきらめを感じます。深くひろーい懐を感じます。


 死んだ気でやるというのもあきらめれない状態で必死になることではなくあきらめからやってくるのでしょう。自分自身の中から産まれる本当にやるべきことにぶち当たった時、他者の目は全く気にならないものです。気にも留めないという状態でやるべきことをやり続ける。それはあきらめから産まれる。九州に戻って元気な木々や残り雪から感じとったことでした。




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2010/12/31

我のみぞ知る

 この一年といってもほとんど覚えてないのが実情です。色々とありましたし色々とチャレンジしてきましたが結果オーライ、まさにNow&Here いまここに未来がある感覚は益々強いのです。


 落ち着いてゆっくりと迎える年の瀬、まもなく新年。我ながら今を象徴している過ごし方といえます。一人。原点。
 「世の人は我を何とも言わば言え、我が成すべきは我のみぞ知る」というような句を10代の龍馬が詠んだという。なかなかの名句です。この世の中で生まれ持った自分の資質を生かしきることこそ生きる意味。


 真の資質を見抜けるには他者の存在が大きい。明らかに自分とは違う他者の存在。違いを追求していくと自分にしかないものがはっきりとしてくる。大きな他者との出会いこそ我れを知るチャンス。せっかく出会っても生かせなければ無に等しい。


 生かすには自分自身もとことんやりきっていかないと見えない。その時にこそ龍馬の句がはっきりと浮かび上がってくる。時代は幕末とも違う。健康に人生を生き切ること。


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2010/12/23

静の東京

 火の神、山の神の映像編集をしてから東京に入ったのですが静かな東京の空気に驚いていました。ところが今日は祝日、ということが先ほどわかってそれもあって静かなんですね。しかし飛行機から見えた富士山は少し元気がないように感じました。いつもよく見ていますが今日はシャキッとして無い感じでした。その地つづきで東京に入っても何となく寂しい感じが残っているのかも知れません。東峰村は元気です。大地から元気だとよく感じています。時代が動いていることを表しているのでしょう。


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2010/12/04

神々からのお誘い

 八百万人紀行は八百万(やおよろず:多種多様な)の神々が住む日本には同じく八百万の人々が住んでいることからその人々を訪ね歩くことを表現したものです。


 東峰村に来たのはそのホームグランドになるような直観があったからですが、約3ヶ月住んできていよいよ八百万の神々のお声がかかってきました。一昨日はおなじみ梶原伯夫さんの地区で山の神祭りがありましたが今日はがらんど?という火之神祭りがある地区であるそうで昨夜電話が入りました。田んぼの真ん中に大きな岩があってそこをお参りしてからみなで祝うそうです。


 5日は別の地区でやはり山の神祭りがあります。たまたま取材をする予定で話題を探していた地区で向こうから山の神祭り参加のお誘いをいただきました。10日には3軒しかないという集落に区長さんとご一緒しますがこの訪問も楽しみです。


 最近はいろんな地区や様々な方々からお誘いを受けるので毎日が集落歩きのようなものです。とうほうTVが自然と集落テレビの態をなしてきたのでとても面白い動きが生まれていると感じます。




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