2011/05/20

 娘が二人います。ある時長女がこんな話をしました。


 社会に出てから仕事ができることを楽しみにしていた。最初の勤務地は鹿児島で転勤や異動で名古屋などへも行き、いろんな職場の人との出会いはあったが不思議なことがひとつずっとあった。誰一人楽しく働いていないことだった、と。
 
 幼い頃から父母を見ていて仕事は楽しくするものと思い込んでいたらしい。それほど父母は二人とも仕事のときも活き活きしていた記憶しかなかったらしい。この話を聞いて逆になるほど、と考えた。確かに自分自身がいろんな職場やテレビ局というサラリーマンも経験して楽しく生きている人はまずいなかった。だからというわけではないがいつも楽しく仕事をする延長線に起業があり、今につながる。


 今も難題は次から次へと来るがそれを解決する事自体が面白い。解決すると大きく未来が開かれるからだ。花という名前は産まれる前から決まっていた名前でそれ以外には全く考えが及ばなかった。本人も結構気に入っているとおもわれる。


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