2010/06/29

 会社を興してから11年目になりますが今起業時の理念、事業目的を見直してずっとこの方向で来たなあと次を構想しています。企業理念は「ひと、光る。國創り」、一人一人が内面豊かに輝いて生きる環境創りをするために何をするかが課題でした。「國」は国家ではなく「地域」と捉えています。町内会から都道府県、日本という「国」など伸び縮みする「地域」の総称です。


 事業目的に関しては八百万人紀行 http://www.yaoyorozu-hito.jp/ のトップ特集で書いていますので見ていただきたいのですが、今の仕事は確実に事業目的の具体化に繋がってきています。起業する時に一番時間をかけたのは「理念」と「目的」でした。これさえ決まればずっといけると感じていたのでテレビ局を退職してじっくりと時間をかけて考えていました。当時、しばらくは任意団体でやっていたのは資金面のことはありましたが、会社を興すとなるとスタートしたら途中ではやめれないとの感じがあったのでしばらくは任意団体のまま、ある種の実験をしていました。


 実験とはいっても常に実戦ですから即明日の我が身に跳ね返ってくることを前提にやりながら考えました。このやり方は14年一貫してきました。何事を成すにも中心に立つのは精神です。精神がすくっと立っていないと物事はぶれます。精神が立たないと生き方がぶれるので要です。いよいよ播いた種から花が咲いてきました。この花々を自由に美しく咲いてもらえるようにさらに水をやり続けていくことがこれからの仕事です。




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2010/06/23

人間激変

世の中が激変していることをずっと感じる日々です。朝日新聞がメディア激変というシリーズを長期的に連載されていますがメディアだけではなく人の状況が激変しています。その中でこれまでお付き合いしてきた方々の状況を知るにつれある法則性が存在することを感じます。

仕事にしろ、生活にしろ今厳しい中、意外とマイペースでやっておられる人達は時には一緒に仕事をしたり、あるときはボランティア活動をし、遠く離れていても会えば昨日まで一緒にいたように話が弾む人達ですが共通するのは心を大切にしてきた人です。いくら稼げる仕事があっても人間として許せないことには手を付けず、権威や権力志向の人にもなびかず黙々と自分がやるべき道を歩かれてきた人が多いのです。

ずっと以前からこういう方々が不幸になるのはおかしいと感じて今の仕事を起業し動いてきたのですがわたしがどうのこうのではなく、自然と人間の世界がそうなってきているということです。むしろわたしはそういう方々の助けを得て何とか今日までやってこられました。感謝しています。

人材養成や地域を支援することを主な仕事にしてきましたがそのわたしを支援してくれていた人々が多くいてその皆さんがこの厳しい状況の中で元気です。うれしいことです。益々時代は激変状況が続きます。ここをきちっと乗り切る上で必要なのはひとつです。心。




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2010/06/12

七人の侍

    ひょんな新聞記事から18年前にテレビ局でやっていた地域興し番組のことを振り返っていた。発想は黒澤明監督の「七人の侍」を十数回目に見た時に閃いたものでした。長い長い映画でしたが何度も何度もよく見ました。それほどあの映画には様々な角度から深い精神と豊かな文化、人間性の表現、村落共同体の在り方、百姓と武士、そしてその中間者(百姓なのに武士になりたかった境界人:三船敏郎さんの演技は見事)の葛藤、百姓の娘と若侍の恋に見える二つの階層のカルチャーショック・・・、百姓と武士がいざ敵に向かう時に生まれるある種のナショナリズムの発生プロセス等等、言いはじめたら終われないほど詰まりに詰まっている複合的な社会学的民俗学的映画というか収まりきれない豊かな映画です。


 わたしはそこに地域活性化のヒントを見いだしました。まさか黒澤さんもそんな風に見る男がいるとは予想もしなかったでしょうが、ビール片手に十数回目に見ていた深夜、「なるほど!」と閃きました。この話は講演会やブログ等でも何度かお話しさせていただいていますが「日本の原型」「日本の源」をこの民俗学的?!映画はあるがまま目の前に差し出してくれていました。と、書きつつ久しぶりにもう一度今見てみたい、と感じます。


 もしかしたらこの時代ですからTUTAYA?に行かなくてもYoutubeにあるのかも知れませんが、やはり映画はできるだけ大画面でみないと監督の意図の伝わり方が全然違います。映画館で見るべきです。東京ならどこかでやってないだろうか?!。ことほど左様に、という具合にわたしは考え、動き、歩き、実践してきました。まさに「七人の侍」の生き方そのものを学んだのです。あのリーダー勘兵衛の何と渋くどっしりとしてやさしく爽やかであろうか。人間の重み、存在を身体ごとガツンと感じる映画です。


 地域興しにどう繋がっていったかはこちらで。つづきもまた書きますが・・。
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2010/06/09

精神の伝承

 表現することが自分を変え、人(他者)を変え、地域を変え、国を変えるということが実感としてわかってきました。井上ひさしさんが亡くなっていろんな特集が組まれています。先日NHKでも特集がありました。小林多喜二について井上さんは父上のこともあって特別な気持ちを持っておられたようです。すでに生存中に書かれ、小松座で上演されているようですがホールの席で見ていた井上さんは泣いていたそうです。井上さんは小林多喜二を表現されて亡くなりましたがこの作品を書くときは洗面所で顔を洗って鏡に映る顔を見たら父上そのものだったと話されていました。


 表現することの中身は小林多喜二が蟹工船などでずっと描いていたことで父上が続き、井上さんが知らず知らずのうちに精神に引き継いでいたのでしょう。蟹工船は教科書で触れただけでまだきちんと読んでいませんが逆にNHKの番組で蟹工船の世界を垣間みた気がします。精神の伝承は圧倒的な存在の重みを持って伝わってきます。



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2010/06/04

わたくしごころ

 仲間が集まって何かを成そうとする際に気持ちが一つになる時は一緒に動いている人々が私心を持ってない時です。わたくしごころ、私心があると必ず邪魔をします。段取りが良くてうまく行きそうに見えてもそれはわたくしごころから来ているのでひとの気持ちを動かしません。むしろ一瞬でもわたくしごころが見えるとみんなの気持ちは恐るべき早さでひいていきます。


 最近の日本の動き、世界の動きは自然とこの法則に則って動いているようにみえます。身近な出来事、すぐ身の回りの知り合い、家族、会社に限らずまさに自分自身の周りの人々に見事に表れてきています。気づくかどうかはその人自身の問題で、結局は自分でわかるしか人には生きるすべはないのです。気づくための機会やチャンスは創れてもその人が自分で気づかないと他者から指摘されればされるほど恨みや反感につながります。古代日本から現代に至るまでいかに人間はこの現象を繰り返してきたことでしょう。考えるだけでも嫌になる話です。しかし、現実に気づかない人はあまりにも多く、暗澹たる気持ちになりますが一方で気持ち一つに動ける人達の集まりも確実に出来上がりつつありこの可能性、未来が希望です。


 可能性ある未来にこそ貴重な一人一人の時間を使おうと考えますし、誰もが元気になっていく動き、仕事、事業を創って行かないと人間として生まれた甲斐がありません。政治の世界が大きく揺れているようにみえますがこれもあくまで表面的な現象に囚われているからで、この中で一貫してある方向を見据えて動き続けている方々は何ら動じることもないのです。成ることは成るように成っていく。ここが基本で自然の道理にかなうように益々世の中ははっきりとしてきたと感じるこのごろです。


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