2011/05/06

東電、水俣の緒方さん

 東電への抗議集会の記事を読んで水俣を思い起こしました。そして緒方正人さん。
 わたしは熊本の民放でテレビ局の報道制作現場を14年間経験しましたが緒方さんは最も印象深い人の一人です。緒方さんは長い間水俣病の患者団体のリーダーでした。常に先頭に立っていました。しかし突如患者団体から抜けてしまいました。あるとき地元新聞に緒方さんの記事を見つけ理解しました。
 
 手記のような記事でしたがある夜、緒方さんはいきなりテレビを庭先に投げつけ壊してしまったというような意味の記事でした。患者運動の先頭に立っていた緒方さんは県や国に抗議に出かけると官僚や役人の非人間的な対応に遂には怒り心頭になり机を叩いて大声を出してしまいます。それは交渉の中のひとつの現実です。
 
 しかしテレビニュースを見ていると何度も何度も自分のその姿が繰り返し放送されます。見ている視聴者にしては緒方正人は危険人物、恐い人という印象がどうしても拡大します。そのことだけではなくテレビが流す「水俣」のイメージがいかに現実の時間、空間とかけ離れてある部分だけを集中的に流し誤解を与えているかに気づきます。わたしはこの時テレビ局員でしたからこの話はとてもインパクトがありました。
 
 送り出す側にいた人間として深く考えるべき「事件」です。その後緒方さんは「チッソ(水俣)はわたしだった」という衝撃的な本を出されます。そして患者運動から退き一線を離れます。このタイトルの響きは今まさに全国民に問われていることと感じます。わたしは当時、ドキュメンタリーを制作する側のテレビ局にいながらもいつも水俣病交渉で黙って下を向いている公務員の側にもし自分がいたらこの緒方さんの抗議にどう答えられるか、を考えていました。
 
 取材する側からだけではなく、される側、批判される側からの視点。庭に投げ出されたテレビによってすでにテレビ局は緒方さんから批判されていました。が、彼は自らを「チッソだった」と理解した時点から水俣病患者という一人の人間を超えて人類という地平に立たれたのではないかと感じました。大震災によって「水俣」が終わってないことを感じ、緒方さんを思い出します。


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