2010/10/24

文化

 この1週間で東峰村から東京、そして東峰村から兵庫をそれぞれ1泊で往復して来ました。昨年までは東京と関西が一月のうちの3分の2ぐらいの生活をしていましたがこの8月から比重ががらりと変わりました。今は東峰村が3分の2で残りが各地です。本気で東京で借りている部屋をやめようかとおもっています。


 さて、東京の地下鉄に乗り、兵庫の列車に乗っていてずっと感じていたのは乗客の顔の表情の魅力の無さです。ほとんど眠りこけているようなサラリーマンやオフィスレディ?、携帯電話を睨みつけながらひたすら指の操作に専念している若い女性たち、とにかく恐い形相をしています。余計なお世話ですがビデオで撮ってテープを見せてあげようか、などと皮肉りたくなるほどの恐ろしい顔です。一点を見つめて他を顧みない固まった顔・・・、とにかくあまりまともな顔に出会いません。


 時たま東峰村にもいそうな素朴な表情の人がいて目が合うと思わずニッコリとしてしまいます。何となく通じているのか?相手も気持ち悪がるでもなくニコッとしています。同じような気持ちでまわりの形相にため息が出ていたのかも知れません。東峰村に住み込んでから出会う皆さんの毎日の表情は豊かです。自然が美しく空気も水もおいしく、五感全体にやさしい気持ちを感じますがこれほど贅沢なことはないと感じます。


 六本木のむらおこしをしている頃はむしろ東京の木々のほうが元気でピカピカしていると感じた頃もありました。雑踏から溢れ出すエネルギーの力強さにひかれたときもありました。しかし、今は都会に再び力がなくなり東峰村のような田舎の自然とひとが無理なく融合している地域がやさしく力を発揮しているのを感じます。女性は化粧はあまりしてませんが自然派できれいですし、都会の女性のあの独特のツンとした感じがないのが何よりも安らぎます。ツンはツンで女性のある魅力につながるところもありますが、ほどほどでないと本人もしんどいでしょう。


 流行ということから考えるとやはりテレビが代表するメディアからのイメージに乗せられているようにみえます。本当に魅力的な人はどこにいてもいつも変わらずきれいです。心が顔にそのまま出ます。映像になると隠しようが無いほど露に出ます。豊な自然と溶け合って生きておられる方々は動きがきれいです。ここから文化や芸術が生まれて来たことを感じる今日この頃です。東峰村のテレビが新しい文化になって行く姿がみえます。



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