多分もう20回目だろうと感じる黒沢映画「七人の侍」。昨日誕生日に原点を再度見直した。村を野武士軍団に狙われた村人たちから助っ人を頼まれ6人の浪人を連れて村に入る元軍師の島田勘兵衛にあらゆる社会に通用する人間のリーダー像を見る。
勿論この奥深い大芸術娯楽作品を村おこしの視点だけでみようなどとはつゆとも考えていませんがその視点でみればこれまた多大な収穫がある。勘兵衛の魅力は数えきれない戦(いくさ)を経験しながら全て負け戦だったということから来る「あきらめ」、謙虚さとは違う独特の美学を醸し出していること。常に人間だけをみて戦った結果と読める。
百姓を竹槍強力軍団に鍛え上げ、死闘の結果、野武士軍団との戦いに勝った後同志の4人を失い、田植え歌を賑やかに謳いながらはしゃいでいる百姓達をみつめ「また負け戦だった」との一言が象徴的。「この戦に勝ったのは百姓達だ」。そして残った3人は村を後にする。
盗賊が目をつけ麦が実る頃までの数ヶ月間で勘兵衛の指導力が見事に表現されていく。勘兵衛を尊敬する若侍、塚原卜伝がモデルとされる副長的な立場になる元軍師、同じく宮本武蔵がモデルとされる剣客久蔵、もっとも一番に見込んだのが町に侍を求め探しに出た4人の百姓たちだった。村の長老、・・・。皆勘兵衛に惚れ込んでいく。
防塁を築きつつ鍛錬しながら武士と百姓の文化の違いから来るカルチャーショック的な衝突が続くが、実は百姓なのに武士を名乗る菊千代(三船敏郎)が両方の文化を破壊しつつ重要な局面では新たな動きを作っていくリーダーともなっていく。戦略的イノベーションを起こしていく。その基調は笑いだ。
いやあ本当に素晴らしい映画です。ジェンダーとして見れば木村功演ずる若侍と侍に奪われないようにと男に化けている村の娘志乃の出会い、恋、破局のプロセスは百姓の生き方と武士の生き方がガチンコでぶつかる。しかし愛し合う。見つけた父親は怒り狂い、村のためにかつて妻を野武士に差し出すしか無かった利吉はその親父に「好き同士ならええじゃないか」と怒り心頭で噛み付く。・・・
このまま行くとこの映画の魅力を伝えるにはどうも文章は難しい。総合的、全体的でグローバルな人間関係が織りなす見事な叙事詩です。七人の侍は語り合う映画です。語り合って交流しながらそれぞれの生き方を表現する映画になっています。地域活性化のヒントはひとつはここです。
そろそろ移動の準備があるので一旦切りますがこの話は具体的にどこかの村でやってみたいと考えています。
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