メディア激変というタイトルで朝日新聞が連載をはじめてもうどれくらいになるのでしょう?一応その1ページにはわたしも載せていただいたのですがその後ちょっと滞っています。まとめ読みができるのでいつかと考えているうちに滞ってしまいました。ただこのタイトルは見事だとずっと感じています。
メディア激変。激変しています本当に、日々の変化が激しく。メディアが変化するということは当然人間関係にも社会にも大きく影響するわけですがここのところがなかなかわかりにくいところでしょう。Twitterかな?どこかで「文学なくして政治、経済を語れないと」書かれていた人がいましたが全く同感です。Twitterは便利ですが自分がフォローする人が増えれば瞬時につぶやきは消え去ってしまうほどその瞬間の出会いです。後で見ようとする人のためにリストで気になる人とテーマなどをピックアップする方法もあります。よく考えています。まだ使いこなしていませんが。
新しいメディアが登場するとすぐに使い始める一群の人が必ずいますがTwitterで起こっている現象はこれまでの現象とはかなり違ってきていると感じます。そういうメディアです。ただわたし的にはTwitterのおかげで最近やっとSNSが具体的に使えてきました。有効な道具になってきました。地域SNSという地域コミュニティをベースにしたSNSですがTwitterが呼び水になっています。このへんがメディア激変の所以だと感じるのです。
今までは地域限定なので閉鎖性が指摘されていましたがそんなことは使う側からすると関係ないのです。しかも「Twitterの新しい関係から地域SNSでの新しい関係が生まれる」ということがここで言いたいことです。そういう人間の関係性を現場で創っていく人がそのまま多くのメディアの関係性創っていくのです。新しいメディアの便利さや効用ばかりに目を奪(と)られているとクロスメディアの使い方は見えないでしょう。政治や経済は文学なくして語れない所以です。
人間のことがよくわかってないと人間の集まりや集団がどのように動いていくかみえないので方向を必ず見失います。文学は当然ながら哲学の時代でもあるのでしょう。が、念を押しておくと高尚な文学、哲学の世間離れした話ではなく生活に根ざした自身の身体から生まれ出る文学であり血肉となった哲学という意味です。
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