渋谷の夜を久しぶりに歩いた。正直言って疲れる。膨大な数の人々とすれ違うが、顔を見ていると声をかけたくなるような人はほとんどいない。随分前の話だが、熊本県の人吉球磨地域に岡原村という小さな小さな村があった。その村役場のまだ20歳そこそこの青年が東京に仕事の関係で出てきた時のこと。電車やバスでお年寄りがあまりにも大切にされてない状況を見て自分は都会には出ない、ときりっとした瞳で話していた。曰く「ばあちゃんやじいちゃんが可哀想だ」ということだった。
彼は毎日相良(さがら)33観音という地元の仏像が置かれている観音堂を掃除してお参りしてばあちゃんやじいちゃんがお参りの後にゆっくりと座ってのんびりと過ごせるようにそれはそれはきれいに掃除していた。実際、毎朝掃除する前は丁寧にお辞儀してから観音堂に入り、ほうきを取る時もいちいちお辞儀する。わたしはその頃まだテレビ局のプロデューサーで彼の毎日を取材して番組にする立場であったけれど、その彼の姿勢を見せられて本当に頭が下がっていった記憶がある。
人吉球磨にはこういう青年や女性が多くいて訪ねるたびに人間としての基本を若い彼らから学んでいた。今、彼はどうしているだろうか?きっとやさしい彼女と結婚してばあちゃんやじいちゃん、両親、兄弟姉妹と仲良く暮らしているだろう。長い時間が経ってやっと彼らの時代がきた。わたしはやっと彼らに恩返しが出来る時を迎えていると感じる今日この頃である。
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